契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

「……それは、ちょっと……事情があって、というか……」

そもそもは、特定有期雇用教職員(ポスドク)として大学に残れなかったのが発端で、あとは……

「お父さんが再婚されて、新しい奥さんと一緒に暮らすのが気詰まりなんですってね?」

夫の佐久間から聞いていたのであろう、しのぶが代わりに言ってくれる。

「そ、そうなんです」

栞はしっかりと首を縦に振った。

「仕事は?……今って、バブル以来の空前の売り手市場だよな?とりあえず就職したら、家を出て自活できるんじゃねぇの?」

「院卒って……修士まではいいんですけど、博士は専門分野に特化しすぎて、なかなか雇ってもらえないんです。それに……社会経験もなく結構な歳になっているうえにプライドが高いと思われて『使いづらい』というイメージで見られてしまって」

「ふうん……高学歴すぎるってのも、考えもんだな」

神宮寺は、ぞんざいに腰掛けていたソファに深く座り直しながら言った。

「とりあえず、京都市内の予備校でチューターのバイトはしてますが、父が再婚を機に神戸に移ると言っていて……」

「わたしも、夫から『なんとか力になってあげてくれ』って言われたものの、歳若い女性がこんな遊び人と二人っきりで暮らすのはどうかと思ってたんだけど……でも、こんな山奥まで住み込みで来てくれる人なんて、先生の熱烈なファン以外は考えられないし、それでは困るのよ」

しのぶは苦渋の表情を浮かべる。

「だけど、八木さんは先生を見ても一切騒がず『全然普通』だから、先生の身の回りのことをやってもらうには最適だわ。わたしとしては、やっぱりお願いしたいんだけど……」

「さらっと、あたりまえのように『遊び人』って言ってんじゃねえよ。その辺の女に手当たり次第に手なんか出さねぇし……それほど、オンナには困っちゃいねえよ」

神宮寺が苦虫を噛み潰したような顔になった。

「あら、今までに記事や写真を処理するのにどれだけ『尽力』したことか。わたしは先生のマネージャーじゃなくて、編集者なんですけどね?」

しのぶの顳顬(こめかみ)に青筋が立った。


「……だっ、大丈夫だと思います」

栞は思わず口を挟んだ。

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