契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
✿報告✿
「就職」が決まった栞は、神戸へ移る父親とその新妻の「一緒に行こう」という声を振り切って、すぐさま京都市内の実家を出ようとした。
しかし、栞が「守秘義務」によってアシスタントをする作家についてまったくと言っていいほど話せないことに関して、あたりまえだが父親の巧が懸念と難色を示した。
要するに「そんなワケのわからんところに、大事な娘をやれるかっ!」ということである。
結花との経緯を顧みると、栞にとっては「どの口が言うか」と思わないでもなかったが。
マスコミを賑わす(そのほとんどが女性スキャンダルだが)ベストセラー作家・神宮寺 タケルを秘密裏に京都の山奥(ほぼ奈良だが)にカンヅメにして、新たな代表作となる作品を執筆させ、自社から書き下ろし出版するというプロジェクトは、担当のしのぶ以外は上層部しか知り得ないトップシークレットだった。
写真週刊誌やスポーツ紙どころか、業界内……特に同業他社の出版社にこそ、知られてはマズいのだ。
納得するまで一歩も引かない父親に、困り果てた栞は仕方なく、しのぶを呼んで「説明」してもらうことにした。
すると、しのぶが栞の大学院時代の「恩師」の妻であるうえに、大手出版社・文藝夏冬の一員であるという証の名刺が決定打となり、栞は実家から無事「その作家」の許へと送り出されることとなった。
物心ついた頃から、永らく住んできた京町家ともようやくおさらばだ。