契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
そんな神宮寺とは、こんな山奥で二人っきりで暮らしているにもかかわらず、ほとんど会話らしきものがなかった。
彼の担当編集者のしのぶからは、
『先生はいったん「執筆モード」に入ると、普段の「遊び人モード」がウソのようにこっぱみじんこになって、ひたすら地味で無口な引きこもりになるのよ。しかも、妙なこだわりを持つ「変人」だから、厄介だと思うけれどよろしくね』
とは言われていたが。
だが、もともと栞自身が「しゃべらへんかったら死ぬ」という性質ではないため平気だ。(関西人のすべてがおしゃべり好きで始終おもしろいことを言って他人を笑わせている、と思ったら大間違いだ)
また、「変わった人」なら大学や院での「国文専攻」の教員や学生でイヤってほど見ている。
英文専攻など外国語を扱っていたら、まだ語学力を生かした就職先が考えられようが、国文なんて本当にマジで潰しが利かないのだ。
男子でそれを志し(妻になる人はしのぶのように経済的な自立が絶対条件だ)、しかも大学のみならず院にまで進むというのは、そんじょそこらの「変人」ではできない。
(それでも、戦後すぐに志した名誉教授曰く、
『母親から「国文学なんて、あんな自殺者ばかりの学問をしたいだなんて。あなたもお母さんを置いて死ぬつもり⁉︎ しかも心中だなんて、世間体の悪いっ!」と泣かれた』という時代に較べるとまだマシなのかもしれないが。
当時は芥川や太宰など、自ら命を絶つ作家が少なからずいたからだ。中には太宰のように愛人と)
さらに、栞には週二回のチューターの仕事でほかの人と話す機会もあった。だから、さほど苦にはならなかった。
ありがたいことに、栞の「手料理」は気に入ってくれたようだ。
もちろん、面と向かって「美味しい」だの「旨い」だの言うことは皆無だし、栞とてそんなことを期待しているわけではないが、祖母から教わった京都の家庭料理……カッコつけて言うところの「京のお晩菜」を、神宮寺が無表情なくせに瞬く間に平らげてくれるのは、正直うれしい。