契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「……見てのとおり、おれだけの問題じゃなくなった。こっちに来い」
そう神宮寺から言われた栞は、動揺してなのか、なんだか急に足元が覚束なくなるのを感じながらも、トレイをダイニングテーブルに置いて、代わりに自分用のマグカップを手にしたあと、ソファに座る彼の隣に腰を下ろした。
そして、なんとか気を落ち着けようと、カフェオレを一口飲む。
「なんだ……この記事はガセじゃなかったのか」
池原が栞のマグを凝視しながらつぶやいた。
……ああぁっ、先生とおソロやったわっ!
フランフランの象牙色のそれは、ご丁寧にもそれぞれのイニシャルの飾り文字が施してあった。
「このカップはたまたまおれが、こいつのを飲んだときに飲み口の口当たりが良かったから、買ってきてもらっただけだ。妙に勘ぐるな」
神宮寺が最上級の不機嫌さで、前髪をぐしゃっと掻き上げた。
「違いますよ。『たまたま』やなくて、先生がカフェオレの味を知りたくなって、あたしのを奪って飲まはったんやないですかぁ」
神宮寺の「弁明」に栞が異を唱えた。
事実は正確に伝えないと、と思ったからだ。
すると、とたんに神宮寺から、ぎろっ、と睨まれた。栞はもう一口、カフェオレを飲んだ。
「……やっぱり、お二人はここで一緒に暮らしてるんですね……しかも、モテるけどだれに対してもクールな神宮寺 タケル先生が、なかよくペアのマグカップだなんて……びっくりですよ。
そんなの、歴代の『彼女』たちとはあり得なかったでしょ?」
池原は、ははは…と放心したように笑った。
「その京都弁の『京都妻』とは、人前でノロけて、普通にラブラブじゃないですか。週刊誌のデスクは入籍の確認がなかなか取れないと言ってましたが、本当はもう『奥さん』なんじゃないんですか?」
……今のどこか『ノロけて、普通にラブラブ』やねやろ?
栞はすっかり呆れてしまった。
「聞く耳を持たない」というのは、こういうことだと思った。週刊誌の記事がいつも正しいとは限らないというのも、こういう体質だからかもしれない、とも思った。
神宮寺も、もうこれ以上「弁明」しても無駄だと思ったのか、それともめんどくさいと思ったのか……たぶんその「両方」であろうが、そっぽを向いて無言でカフェオレを飲み始めた。
「それで、先生……」
池原の表情が急に引き締まる。
「どうされるんです?このままだと……この記事がGW明けに出ますけど?」
世間では今週末から大型連休に入り、週刊誌は軒並み合併号を出して凌ぐため、「猶予期間」はこの一週間だけだ。