契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
けれども、栞は首を傾げるだけだった。
「えーっと……名前だけ聞いても全然顔が思い浮かばへんのですが、たぶん顔を見たら……どんな人なんかわかるんとちゃうんかなぁ?」
栞はテレビをほとんど見ないのだ。
だから、実はリビングはおろか、どこにもテレビを置いていないこのログハウスでも、不自由さをまったく感じなかった。読書をし始めると、文字どおり「寝食を忘れる」タイプで、子どもの頃からテレビを観る習慣がない。
「えっ?……もしかして、君……あの八坂 今日子も風間 優雅も知らないの?」
池原が呆然とした顔で栞を見る。
「生憎だったな、こいつはテレビを観ない。
それに……ガラパゴス級の『ど天然記念物』だ」
神宮寺はさも愉快そうに破顔した。
……先生のご機嫌は直らはったみたいやけど。
なんか、あたし、ディスられてない?
「あ、日本映画は観ぃひんのですけど、イランの映画が好きで、ネットでチェックしてたら、たまにNHKのBSで放映するんですよ。そういうときはテレビを観ます!」
栞は自分だってテレビを観ていることをアピールした。
「イラン映画ってフランス映画のようなオシャレ感は皆無ですけど、本当に低予算で制作られてるんで、脚本のおもしろさで勝負!って感じなんですよ。それに、俳優さんたちの素朴でリアリティのある演技がまさに『ありのままの人間』を表現してて、だからこそ『これぞ、映画!』って思い知らされるんです。それから、世界的にはカンヌでパルム・ドールを獲らはった故アッバス・キアロスタミ監督が有名ですけど……あ、私は受賞作の『桜桃の味』よりも『友だちのうちはどこ?』のような子どもたちがメインの話の方が好きなんですが……ほかにもすごい監督がいたはって、あたしが特に好きなのは『運動靴と赤い金魚』のマジッド・マジディ監督で、子どもたちの心の機微を描くのが上手な……」
しかし、いつの間にか、栞はイラン映画のすばらしさを力説していた。そもそも、テレビには興味がないから語れる材料がない。
「……もう、わかったから」
神宮寺は手を伸ばして、栞の頭をぽんぽん、とした。
「『ど天然記念物』って……こういうこと?
……あれっ……調べさせたところによると……彼女……確か……旧帝大の博士課程を修了してるん……だったよな……?」
当惑と困惑の混じった池原の声が聞こえてきた。