契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「……とにかく、早急には決めかねる。追って必ず連絡するから、今日のところは帰れ」
神宮寺がきっぱりと告げる。
「えーっ、わざわざこんな山奥くんだりまで追っかけて来たのに、ここに泊めてくれないんですか?……ひどいですよ、先生」
池原はレンタカーを借りて来たのだが、あの真っ暗な細い山道をまた運転するのかと思うと、ゾッとした。
「知るか。呼ばれもしないのに勝手に探してやってきたのは、そっちじゃないか」
神宮寺に取りつく島はない。
「……どうせ、佐久間さんに連絡して、どうするのか相談するんでしょ?」
池原は肩を竦めた。
まだ海のものとも山のものとも知れない高校生だった彼の才能を見い出し、作家・神宮寺 タケルを創り上げたのは「文藝夏冬の佐久間女史」であることは、重々承知しているが。
「佐久間じゃない……『神崎』だ」
神宮寺がすかさず「訂正」する。
……そういえば、先生はずっと「佐久間」やなくて「神崎」って呼んだはるなぁ。
「あの人結婚されてから、もう五年ほど経ちますよね?うちの社でもすっかり『佐久間さん』で定着しましたよ?なにより、ご本人がそう名乗ってらっしゃるんですから」
結婚しても旧姓のままの女子社員が多い中、しのぶは嬉々として「佐久間」になった。
「……うるさい、とっとと帰れ。これ以上言うのなら、君の社では書かないぞ」
吹き抜けのリビングに、神宮寺の地を這うような低ーい声が響く。
そのとき、栞はきょろきょろと部屋中を見回していた。
……あ、本当やぁ。そういえば、このログハウスにはどこにもテレビがなかったわぁー。
今さらながら、それに気がついたのだ。