契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「どうせ『言い訳』にしか思わねぇだろ?なにを言っても、聞く耳を持つヤツじゃないからな」
神宮寺はうんざりした口調でごちった。
栞も、うんうん、と肯く。
「じゃあ、先生……並行して古湖社にもお書きになるんですか?……しかも、ここで?」
しのぶが上目遣いで、ぎろっ、と睨む。
このログハウスは、実はしのぶの叔父の別荘だった。社を挙げての経費大削減の折、いくら「出せばベストセラー」という神宮寺のカンヅメ計画でも、いつ完成するかはっきりとは言えないモノには経費が下りなかったのだ。
だからしのぶは、かなり強引に叔父に頼み込んで家賃を無料にしてもらって、ここを借りているのである。しかも、叔父がここに篭りたくなったらすぐに出る、という約束で。
「……神崎、そんな恨みがましい目で見るなよ」
神宮寺が世にもめんどくさそうに顔を顰める。
「おれが、並行して書けるほど器用じゃないことは一番よく知ってるだろ?『夏冬』には……不義理はしねえよ」
いくつものコラムの連載を抱える神宮寺ではあるが、「本業」の小説だけは一作に集中しないと書けないタイプなのだ。
「えっ……先生、池原さんのところには書かないんですかっ⁉︎」
栞はぎょっとした声になる。
「そしたら……GW明けにパーカーとスリムジーンズの普段着を撮られたあたしの記事が出ちゃいますよっ⁉︎……よりによって、いつもに増してラフな格好のあのときに撮られるだなんてっ」
栞の「嘆き」はさておき、いったん記事が出てしまうと、あとから「彼女はただのアシスタントです」といくら弁明したところで、世間からはそれこそ聞く耳を持ってもらえない。
一般人だった栞が「作家・神宮寺 タケルの京都妻」として注目されるようになり、今までの生活ががらりと変わる恐れもある。
「栞ちゃんが世間に曝されるようなことになっちゃ、教え子をわたしに預けてくれた千尋に顔向けできないわ……」
しのぶの眉間に、ぐーっとシワが寄った。
「……書かないとは言ってないさ。
ただ……それは『夏冬』の分が終わってからだ。ヤツからは、すぐに書け、とは言われてねえからな。それまではここで書くが、そのあとは今度は『古湖』の方に『場所』を提供させてやるさ」