契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

「……じゃあ、それぞれの戸籍謄本が送付されてきたら、わたしが最寄りの役所まで行って提出してくるわ」

書き上げた婚姻届を文藝夏冬の社名入りのクリアファイルに挟みながら、しのぶは言った。
戸籍謄本さえあれば、どこの役所でも二十四時間体制で受領してくれるのだ。

「問題は……『結婚』したとしても、栞ちゃんがしばらくここから出られないことだわ。予備校(チューター)のバイトは休んでもらうとして……困ったのはスーパーで撮られちゃったから、買い出しにも行けないのよねぇ」

しのぶは腕を組んで唸った。

「ここは本当(ほんま)に不便なんで、かなり買い置きしてますから、十日ほどやったら大丈夫やと思いますけど……でも、なんで外に出られへんのですか?」

栞がきょとんとした顔になる。古湖社に対しては、神宮寺が新作を引き受ける代わりに「栞の記事」を差し止めることになったはずだ。

「無駄に高学歴のくせに……バカか?」

神宮寺がそれこそバカにし尽くした口調で言う。
たとえ「契約」とはいえ、つい先刻(さっき)【妻になる人】に署名した相手に対しての言葉とは到底思えない。

……関西人にとって「アホ」はまだ愛情を感じられるから言われても仕方(しゃあ)ないなぁ、って思えるけど、「バカ」って言われたらめっちゃ腹立つしっ。

「古湖社は文芸部が週刊誌をなんとか抑え込むと言ってきたが、ほかの社にまた写真を撮られたらどうするんだ?そもそも文芸部のない媒体だったら、おれの力でもどうすることもできないんだぞ」

しかし、そう言われるとなにも言えなくなってしまう。この「契約結婚」は、神宮寺にとってメリットがないわけではないが、それよりもむしろ栞をマスコミから守るために考えられたものだからだ。

「とにかく、わたしはしばらく京都市内の夫の家にいるから、ほしいものはLINEで言ってくれれば、買って持ってくるわ」

そして、しのぶは夫のいる京都市内の家に帰って行った。


栞は……神宮寺と「夫婦」として、このログハウスに二人だけで篭って暮らすことになった。

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