契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「……おれをバカにしてるのか?」
神宮寺の地を這う魑魅魍魎のような声を聞いて、栞はこてん、と首を傾げた。もちろん、そんな気は毛頭ない。
「おれには『先生』と呼ばれるより、はるかにバカにされてる気がするんだがな?」
あわてて栞は、ぶんぶんぶん、と首を左右に振った。
「……だろうな」
神宮寺がくしゃりと前髪を搔き上げる。
「まぁ、幼稚園児みたいな呼び名に思えなくもないけどさ……栞、そう呼んでいいぞ」
神宮寺からお許しが出た。
「はいっ、『たっくん』!」
「栞」「たっくん」と呼び合うことで、なんとなく「夫婦」を装う一歩を踏み出せたような気がして、栞はにっこりと微笑んだ。
すると、不意に神宮寺がすっかり冷めてしまったカフェオレを飲み始めた。
「熱いカフェオレを淹れ直しましょうか?」
「いや……これでいい」
フランフランの大きなイニシャルマグのせいで、神宮寺の表情はわからない。
「そういえば、『タケル』の『T』のカップを買ってきたんですけど、『拓真』でも同し『T』やったんですねー」
栞も、すっかり冷めてしまったカフェオレを飲んだ。お揃いの象牙色のイニシャルマグは「S」だ。
「……だから、てっきりおれの本名を知ってるものとばっか思ってたんだよっ」
イニシャルマグをごん、っとローテーブルに置いた神宮寺は、不機嫌というよりはどことなく拗ねているように見えた。