契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

「……おれをバカにしてるのか?」

神宮寺の地を這う魑魅魍魎のような声を聞いて、栞はこてん、と首を(かし)げた。もちろん、そんな気は毛頭ない。

「おれには『先生』と呼ばれるより、はるかにバカにされてる気がするんだがな?」

あわてて栞は、ぶんぶんぶん、と首を左右に振った。

「……だろうな」

神宮寺がくしゃりと前髪を搔き上げる。

「まぁ、幼稚園児みたいな呼び名に思えなくもないけどさ……栞、そう呼んでいいぞ」

神宮寺からお許しが出た。

「はいっ、『たっくん』!」

「栞」「たっくん」と呼び合うことで、なんとなく「夫婦」を装う一歩を踏み出せたような気がして、栞はにっこりと微笑んだ。

すると、不意に神宮寺がすっかり冷めてしまったカフェオレを飲み始めた。

「熱いカフェオレを淹れ直しましょうか?」

「いや……これでいい」

フランフランの大きなイニシャルマグのせいで、神宮寺の表情はわからない。

「そういえば、『タケル』の『T』のカップを買ってきたんですけど、『拓真』でも(おんな)し『T』やったんですねー」

栞も、すっかり冷めてしまったカフェオレを飲んだ。お揃いの象牙色(アイボリー)のイニシャルマグは「S」だ。

「……だから、てっきりおれの本名を知ってるものとばっか思ってたんだよっ」

イニシャルマグをごん、っとローテーブルに置いた神宮寺は、不機嫌というよりはどことなく拗ねているように見えた。

< 74 / 214 >

この作品をシェア

pagetop