夢の続きを
二十一歳
★・・・★・・・★・・・★
あれから一時間。
たっぷり足を動かした海翔がリンクから戻ってきた。エッジケースを着けたスケート靴のまま、こちらへ向かってくる。
「お疲れさま」
ひとつ空けて、二つ隣の椅子に腰を下ろした海翔に、とりあえず声をかけた。細田さんに頼まれた〝励まし〟は、私には到底できそうもないが。
海翔は、足を組むように膝の上にもう片方の足を乗せ、手にしていたタオルでブレードを拭いている。
「……」
もうすぐ、国内で一番大きな選手権が開催される。今季はオリンピックの開催年ではないが、もし来年ここで優秀な成績を納めれば夢のオリンピックに出場できるかもしれないのだ。プレ大会に近い役割を果たすため、出場者は並々ならぬ情熱を注いでいるはず。
海翔から返事がなくても、私は特に気にならない。大事な大会の前はいつもこうだからだ。元から少なめな口数が余計少なくなって、周りの空気がピリピリして。
ーーとても、居心地が悪い。
それなのに、その居心地の悪さが逆に心地良いと思っている私は、海翔がクラブへ移ってからの十年で完全に麻痺してしまったのかもしれない。
しばらく、無言の時間が続く。聞こえてくるのは、靴を丁寧に磨く時の摩擦音や、椅子に座り直した時に鳴る衣擦れの音だ。
「ーーあれ。真白、今日仕事は?」
最初に静寂を破ったのは、この場にはとても似つかわしくない、何とも気の抜けた言葉だった。国の運命を背負うことになるかもしれない人間が到底気にすることではない。
「午後休みだから」
「ああ、今日水曜日だっけ」
「うん」
先ほど細田さんが言っていた通り、海翔の他に練習している選手は誰もいないため、会話が途切れるとすぐさまリンク内はしんと静まり返る。
あれから一時間。
たっぷり足を動かした海翔がリンクから戻ってきた。エッジケースを着けたスケート靴のまま、こちらへ向かってくる。
「お疲れさま」
ひとつ空けて、二つ隣の椅子に腰を下ろした海翔に、とりあえず声をかけた。細田さんに頼まれた〝励まし〟は、私には到底できそうもないが。
海翔は、足を組むように膝の上にもう片方の足を乗せ、手にしていたタオルでブレードを拭いている。
「……」
もうすぐ、国内で一番大きな選手権が開催される。今季はオリンピックの開催年ではないが、もし来年ここで優秀な成績を納めれば夢のオリンピックに出場できるかもしれないのだ。プレ大会に近い役割を果たすため、出場者は並々ならぬ情熱を注いでいるはず。
海翔から返事がなくても、私は特に気にならない。大事な大会の前はいつもこうだからだ。元から少なめな口数が余計少なくなって、周りの空気がピリピリして。
ーーとても、居心地が悪い。
それなのに、その居心地の悪さが逆に心地良いと思っている私は、海翔がクラブへ移ってからの十年で完全に麻痺してしまったのかもしれない。
しばらく、無言の時間が続く。聞こえてくるのは、靴を丁寧に磨く時の摩擦音や、椅子に座り直した時に鳴る衣擦れの音だ。
「ーーあれ。真白、今日仕事は?」
最初に静寂を破ったのは、この場にはとても似つかわしくない、何とも気の抜けた言葉だった。国の運命を背負うことになるかもしれない人間が到底気にすることではない。
「午後休みだから」
「ああ、今日水曜日だっけ」
「うん」
先ほど細田さんが言っていた通り、海翔の他に練習している選手は誰もいないため、会話が途切れるとすぐさまリンク内はしんと静まり返る。