夢の続きを
・・・・・

「お疲れさま」


近寄ってそっと声をかけると、小学生の頃より大人びた視線が私に向けられた。懐かしい面影はほんの少し、目元だけ。丸かった顔の輪郭だって、柔らかそうだった髪の毛だって、すっかり成長した男の人のそれへ変わってきている。


「真白」


私を見つけたときの、少し細められる目を見ると安心するのは欲目だ。私は、平静を装って明るく言う。


「入賞、おめでとう」

「ミスった。後半体力が続かなくて足がもつれて」

「怪我してない?」

「大丈夫」


この日の大会は四位入賞だった。後半に難しいジャンプを予定していたのだが、体力が続かず転んでしまったのだ。
私からすると入賞するだけでもすごいことなのに、本人からすればそうではないらしい。苛々したときに出るくしゃくしゃと前髪を掻く癖が出ているところを見ると、かなり落ち込んでいることが分かる。


「やっぱり、あそこは無理に四回転を狙わずに三回転と二回転のコンビネーションジャンプにすればよかった。そっちの方が曲と雰囲気も合ってたし」


はあ、とため息。
海翔が気にしているのは演技後半で四回転ジャンプに挑戦するという見せ場のこと。疲労している後半部分でのジャンプは高く点数が貰えるため、成功していれば確実に表彰台だっただろう。

その言葉に、一瞬頭が他の選手のスコアを思い出そうとしてしまったが、今はこれどころではない。海翔の爆弾発言を受けて、私は慌てて否定した。


「何てこと言うの。せっかくコーチと考えたんでしょう」


辺りを見回してこの場にコーチがいないことにホッとし、私は声のトーンを落とした。

いつもそう。海翔は、自分の演技構成に並々ならぬこだわりを持っている。
コーチともよく相談してプログラムを決めてはいるのだが、意見が対立することが多いようだ。


「……分かってるよ。先生はこれが最善策だって言ってたし、俺だって本当はそう思ってる」


海翔の言う先生とは、コーチの細田さんのこと。小学生の時、海翔の才能を見出してクラブへ移らせた元フィギュアスケーターだ。それからずっと師弟関係にあり、海翔の成長を一番に見守ってくれている。私もしょっちゅう海翔にくっついているお陰で、お話しさせてもらうことが増えていた。


「でも……自分のやりたい演技を殺してまで、高得点ばかり狙いにいく必要はあるのかな」

「海翔……」


私も、海翔の気持ちが心から理解できればいいのに。
分かっている振りはできても、境遇の違う私には海翔の、本当の辛さや苦しさの共有はできない。

< 9 / 15 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop