獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
第一章 悪名高き王太子
◇
珊瑚色、若草色、空色、菫色。
色とりどりのガラス細工ほど美しいものはないと、アメリは子供の頃から思っていた。
ガラスは、普段は宝石のように煌びやかには輝かない。けれども太陽光を浴びた途端に、驚くほどに多種多様なきらめきを見せてくれる。特に、母の作るガラス細工の美しさは格別だった。
『本当に美しいものはね、普段は輝きを隠しているものなのよ』
それが、女だてらに町一番のガラス職人と呼ばれた母の口癖だった。
『その真の美しさを引き出すのは、職人の腕次第ね』
アメリは、繊細な作業を滑らかにこなす、母の細い指先が好きだった。ガラスに命を吹き込む時の、真摯な光を灯したエメラルドグリーンの瞳も。
強く美しい母は、アメリの憧れだった。いつかは母に習ってガラス職人になり、己で生計を立てるのだと夢見ていた。
けれども――。
『お母様……っ』
あれは、ひどい雨の日だった。
空は墨を塗ったかのように黒く、星一つない。不気味な色の満月だけが、地上を見下ろしている。
まるでこの世の果てのような景色の中で、母は名も知らぬ大勢の男に取り囲まれていた。
『アメリ、逃げて……っ! 早く、逃げるのよっ!』
必至に、こちらへと張り上げられる悲痛な声。
ぬかるんだ道に、母の作ったガラス細工が散らばる。モノクロの世界では、そのガラスたちだけが唯一色を持っているように見えた。
不安で震える自分の息遣いが、更に恐怖を煽る。
そんなアメリを叱咤するように、母は涙を滲ませながら一際大きな声を上げた。
『生きるのよ、アメリ……っ!』
珊瑚色、若草色、空色、菫色。
色とりどりのガラス細工ほど美しいものはないと、アメリは子供の頃から思っていた。
ガラスは、普段は宝石のように煌びやかには輝かない。けれども太陽光を浴びた途端に、驚くほどに多種多様なきらめきを見せてくれる。特に、母の作るガラス細工の美しさは格別だった。
『本当に美しいものはね、普段は輝きを隠しているものなのよ』
それが、女だてらに町一番のガラス職人と呼ばれた母の口癖だった。
『その真の美しさを引き出すのは、職人の腕次第ね』
アメリは、繊細な作業を滑らかにこなす、母の細い指先が好きだった。ガラスに命を吹き込む時の、真摯な光を灯したエメラルドグリーンの瞳も。
強く美しい母は、アメリの憧れだった。いつかは母に習ってガラス職人になり、己で生計を立てるのだと夢見ていた。
けれども――。
『お母様……っ』
あれは、ひどい雨の日だった。
空は墨を塗ったかのように黒く、星一つない。不気味な色の満月だけが、地上を見下ろしている。
まるでこの世の果てのような景色の中で、母は名も知らぬ大勢の男に取り囲まれていた。
『アメリ、逃げて……っ! 早く、逃げるのよっ!』
必至に、こちらへと張り上げられる悲痛な声。
ぬかるんだ道に、母の作ったガラス細工が散らばる。モノクロの世界では、そのガラスたちだけが唯一色を持っているように見えた。
不安で震える自分の息遣いが、更に恐怖を煽る。
そんなアメリを叱咤するように、母は涙を滲ませながら一際大きな声を上げた。
『生きるのよ、アメリ……っ!』
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