獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
第五章 獣の怒り
◇
あのあと、カイルがアメリに話しかけてくることはなかった。
けれども遅れて大聖堂を出たアメリを先導するように歩くと、宿屋の前でいなくなったから、意図して夜道を送ってくれたのだとアメリは思った。
あれほど歩み寄ったのに、カイルが心を開いてくれなかったことは悲しかった。
翌日、アメリは沈んだ気持ちで朝を迎えることとなる。
「アメリ、ちょっと話があるんだけどさ」
昼前。いつものようにガラス工房へ手伝いに出向く寸前に、アメリは宿屋の前で植木に水やりをしていたエイダンに呼び止められる。
昨夜よほど飲まされたのか、二日酔いで寝込んでいるヴァンは宿に残していた。
「フィリックス様と、知り合いなのかい? 昨日はあれから大騒ぎになっちまってね」
「ええ。……少しだけ、面識があるの。昨日は、途中でいなくなってごめんなさい」
どう答えたら良いのか分からず、曖昧な返答に留める。
「いいんだよ。ところで、聞きたいんだけどさ」
エイダンは辺りをきょろきょろと見渡しながら、声を潜めた。
「あの人は、何者なんだい? 昨日あの人が残して行った短剣が、王族しか持っていない特殊なものだと鍛冶屋が言い出してね。フィリックス様は本当に商人なのかって、ざわついているんだ」
アメリは、返事に困った。だがカイルが町の人々に身分を偽っている以上、自分が本当のことを告げるべきではないと判断する。
カイルが心の鎧を脱いだ時、自然と町の人々はこの国の王太子の本当の姿を知ることになるだろう。だが、それは今ではない。そんな日が訪れるのならば、の話だが。
あのあと、カイルがアメリに話しかけてくることはなかった。
けれども遅れて大聖堂を出たアメリを先導するように歩くと、宿屋の前でいなくなったから、意図して夜道を送ってくれたのだとアメリは思った。
あれほど歩み寄ったのに、カイルが心を開いてくれなかったことは悲しかった。
翌日、アメリは沈んだ気持ちで朝を迎えることとなる。
「アメリ、ちょっと話があるんだけどさ」
昼前。いつものようにガラス工房へ手伝いに出向く寸前に、アメリは宿屋の前で植木に水やりをしていたエイダンに呼び止められる。
昨夜よほど飲まされたのか、二日酔いで寝込んでいるヴァンは宿に残していた。
「フィリックス様と、知り合いなのかい? 昨日はあれから大騒ぎになっちまってね」
「ええ。……少しだけ、面識があるの。昨日は、途中でいなくなってごめんなさい」
どう答えたら良いのか分からず、曖昧な返答に留める。
「いいんだよ。ところで、聞きたいんだけどさ」
エイダンは辺りをきょろきょろと見渡しながら、声を潜めた。
「あの人は、何者なんだい? 昨日あの人が残して行った短剣が、王族しか持っていない特殊なものだと鍛冶屋が言い出してね。フィリックス様は本当に商人なのかって、ざわついているんだ」
アメリは、返事に困った。だがカイルが町の人々に身分を偽っている以上、自分が本当のことを告げるべきではないと判断する。
カイルが心の鎧を脱いだ時、自然と町の人々はこの国の王太子の本当の姿を知ることになるだろう。だが、それは今ではない。そんな日が訪れるのならば、の話だが。