獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
異変は、そのすぐあとに起こった。


ミハエル老人の工房のある商業通りを小走りに駆けていると、道の中腹に人だかりが出来ていた。


ざわつく人々の中から、けたたましい子供の泣き声がする。


「かわいそうに、まだ子どもじゃないか」
「血も涙もないな」


野次馬たちのそんなヒソヒソ声が気になったアメリは、足を止め人込みの中を覗き込む。


そして、あっと声を上げそうになった。






道端で、鎧兜を被った男が、年端もいかない子供に剣を突き付けていたのだ。


「お許しください。この子も、悪気があって王太子様の馬を小突いたわけではないのです。ほんの遊び心です、分かってやってください」


着古した衣服を身に纏った子供が、わあわあと泣きじゃくっている。その肩を抱え必死に懇願している男は、おそらく子供の父親だろう。


「うるさい。子供だろうと大人だろうと、関係ない。俺は、そいつのせいで落馬しかけたんだぞ?」


鎧兜の向こうから、低い男の声がする。


(違う……)


怒りのあまり、アメリは震えていた。


(装いは確かに似ているけど、あの人はカイル様ではないわ)


鎧兜を被り藍色のマントを身に纏った男は、一見してかつてのカイルを彷彿とさせた。子供もその父親も、ここにいる町人全てが彼をカイルだと思い込んでいる。


だが、アメリには分かった。190センチ近くあるカイルに対し、目の前の男はさほど背が高くなかった。多めに見ても、170センチ後半といったところだろう。手足の長さも、全く違う。


彼は、この国の王太子の名を語った偽物だ。
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