獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する


王の間で定位置である玉座の隣に座ったカイルは、ひじ掛けに頬杖をつき物思いにふけっていた。


目の前では、ハイデル公国とは反対に位置する隣国カダール公国の使者が王に頭を垂れている。


カダール公国は出来たばかりの国で、軍事力が弱い。だからあらゆる国と同盟を結び、和平的に生きようと考えているのだろう。国民性も穏やかで、戦を好まないと聞いた。


「陛下、貢物でございます」


「おお、立派な絹だ。さすが、養蚕業が盛んな国の品物は違うな」


「恐れ入ります」


王の前に差し出された円柱型の絹の巻物の山が、カイルの視界に入る。エメラルドグリーンの衣が目につき、ふとアメリの瞳を思い出す。


途端に胸の奥から、胸を焦がすような熱情が湧いてくる。昨夜カイルの手の甲に落とされた彼女の唇の感触が、肌に蘇った。


夜の、シルビエ大聖堂。月明かりを通したステンドグラスの光の中に佇む彼女は、神々しく輝いて見えた。こんなにも美しいものがこの世にあるのかと驚き、同時に自分との間に果てのない距離を感じて、胸がえぐられたように苦しくなった。


幾度も、思い返す。


『俺は……』


災いの王太子として生きて来た己をを希望の光と謳ったアメリに、自分は何を言いかけたのだろう。






その時だった。


扉の向こうが、にわかに騒がしくなる。


「早く、王太子に会わせろ!」


「ヴァン、落ち着け! 殿下は今謁見中だ」


(ヴァン……?)


カイルは眉をしかめる。


ヴァン・オズボーン・アンザムは、ウィシュタット伯爵からアメリの護衛を任されている騎士だ。


アンザム家は、もとはハイデル公国の重鎮だった。だがヴァンの父親は宰相を毒殺した疑いをかけられ、投獄の末獄中で死んだと聞いた。投獄前に、彼は命がけで息子のヴァンをロイセン王国に亡命させたらしい。


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