獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
「フィリックス様、お願いがあります」


ミハエルが、カイルの方へと一歩進み出た。


「三年ほど前のことです。私の工房から出るガラス作りの臭いが不快だと、ドーソン男爵に店を潰されかけたことがありました。ご存知の通り、あの方はこの町の権力者で私の店を潰すことなど造作もないのです。けれどもそこに鎧兜を被った王太子様が通りかかり、ドーソン伯爵を殴りつけ大乱闘になりました」


目尻に皺の寄った瞳をすぼめ、ミハエルは訥々と語る。


「王太子様が暴れたと町は大騒ぎになりましたが、それ以来ドーソン男爵は私の店を潰そうとはしなくなったのです。王太子様は何も言われませんでしたが、身を持って私の小さな店を守ってくれたのだと私だけは今でも信じています」


ミハエルの言葉に、辺りの人々が困惑したように顔を見合せた。フィリックス様、とミハエルはそこで苦しげに一声置く。


「王太子様にあの時のような善の心が残っているなら、もしやアメリさんを解放してくれるかもしれません。お見受けしたところ、あなたは商人でありながら王族と関わりがあるようだ。王太子様にかけあって、どうかアメリさんを助けてはいただけないでしょうか?」







するとカイルの背後で、「あのさあ」と声がした。


今の今まで不可思議そうにことの成り行きを傍観していた、騎士のブランだった。


「さっきから何を言っているのかイマイチわからないんだけど、この方はフィリックス様などではなく、この国の王太子カイル殿下ご本人ですよ」


何げないブランの一言に、辺りに研ぎ澄まされたような静寂が訪れる。宿屋の女主人もその夫も鍛冶屋もミハエル老人も、皆放心状態でカイルを見つめていた。


朴訥とした赤毛のカールに対し、優男のブランは冗談好きで軽はずみにものを言うタイプだ。余計なことを、と苛立つと同時に、カイルは素早く思考を巡らせていた。




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