獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
「……やめて!」


気づけば、アメリは剣を振り上げるカイルの背中に向けて必死に叫んでいた。


「そのような汚れた者の血で、あなたの手を汚さないで……!」


カイルは振り上げた手を止めると、ゆっくりとアメリを振り返る。そして、涙で濡れたアメリの瞳をじっと見つめた。


「ううう……。た、たすけ……て……」


獣の逆鱗に触れ、力失くしたドーソン男爵は小動物のように絶え間なく震えていた。やがてカイルは、アメリから視線を離さないまま静かに声を出す。


「カール、ブラン。そいつらを、城の地下牢に放り込んでおけ」


「はっ」


手短に返事をすると、カールとブランは各々ガスパーとドーソン男爵を拘束し、部屋を出て行った。


遅れて、ヴァンもアメリに微笑だけを残し部屋をあとにする。


ガラスの破片が無数に散らばる部屋には、カイルとアメリだけが残された。





カイルはすぐにソファーに倒れ込んだアメリの体を起こすと、両手足の縄を解き始めた。


黙々と縄に集中するるカイルは、間近にいながらアメリと目を合わせようとはしない。


身を危険に晒してまでカイルが自分を助けてくれたことに、アメリは胸がいっぱいだった。けれどもカイルの様子はいつも通り淡々としたもので、自分ばかりが気持ちが高揚しているこの状況に、アメリはやるせなくなる。


足の縄も解けたところで、ようやくカイルはアメリと目を合わせた。


カイルの滑らかな頬には、傷があった。おそらく、天窓を突き破った時に出来た傷だろう。手の甲や首筋にも、よく見れば無数の傷がある。


「私なんかのために、こんな傷を負ってまで……」


アメリは思う。その傷まで愛しいと思ってしまう私は、あさましい女だろうか。


罪悪感に似た歓びを持て余したアメリは、瞳を潤ませ、伸ばした指先でカイルの頬に触れようとした。


けれども頬に触れる寸手のところで、カイルの手によってそれを阻まれる。


(やはり受け入れてはもらえないのだわ)


瞳を伏せたところで、ふいに顎先に指が触れ上を向かされた。


そして、やや強引に唇をふさがれた。





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