獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する

至るところに熱帯雨林の生い茂るラオネスクは通年して気温が高いと、カイルは昔聞いたことがある。


だが、実際はそこまでではなかった。どこまでも広がる夜の平原を馬で駆けているだけで、容赦のない寒気がカイルの身を襲う。


「うわあ、さっみ~。国境越えの前に、俺死ぬかも」


斜め後ろを馬で駆けているブランが、騒々しい。ぼやく元気があるのなら死なないだろうと思いつつ、先陣を切って走るカイルは手綱を握り続けた。


漆黒の夜空には、無数の星が瞬いている。赤みを帯びた上弦の月が、カイルを導くかのように視線の彼方に浮いていた。








カイル達騎士団の一行は、今朝テス族の村を出発したばかりだった。


最初テス族は、突如現れた他国の騎士団を警戒し、槍や弓矢で攻撃してきた。


血気盛んな騎士達はすぐに応戦しようとしたが、カイルは皆に武器を捨てさせた。


カイル達は彼らの領土を侵略しに来たのではない。ラオネスクはあくまでも、ハイデル公国に渡る通過点に過ぎない。


テス族が話せば分かる民族だということを知っていたカイルは、完全なる丸腰になり、長のもとに単独で国境越えの許可を乞いに行った。


そして独学で習得した民族語で、周辺国に呑まれず独自の文化を貫く彼らを敬っていること、自国の平和のためにどうしてもラオネスク側からハイデル公国に侵入しなければならないことを語った。







長い白髭を蓄えたテス族の長は、ぞっとするほどに深い眼差しの持ち主だった。


カイルの心の中から生い立ちにいたるまで全て見透かされているようで、こういう人間も存在するのかと、カイルが畏敬の念を抱くほどに。


けれどもテス族の長はまじまじとカイルを観察したのち、日焼けした腕でなぜかきつく抱きしめてきた。


カイルを見つめる瞳はまるで肉親に向けられるもののように温かく、カイルは思いがけずして胸が熱くなる。


忌み嫌われ疎んじられて育って来たカイルは、自分の父親をはじめ、これまでの人生で年長者からそういった目で見られたことがないからだ。


まさか全くの異文化の中で育ち、初めて出会った人間から、こういった待遇を受けるとは思いもよらなった。






テス族の長は、やがてカイルに国境越えを許してくれた。


その上、何か困ったことがあれば貴国の助けになろう、とまで言ってくれたのだ。







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