獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
思ったよりも深い。おそらく、馬で入るにはギリギリの深さだ。


だが、問題は五十メートルあるこの先だ。途中から深さが増している可能性は、充分にある。


カイルには、目測でものの距離を正確に測れる力がある。距離感に関する戦術の本を熟読するうちに、習得した。


とはいえ潜ってみても、真っ暗で距離感が掴めない。


カイルは川から顔を上げると、濡れた前髪をかき上げた。


(どうしたものか……)


カイルを見下ろす上弦の月を見上げ、思案に暮れる。


安全を確認できないまま、騎士達に川を渡らせるわけにはいかない。


出陣前に、カイルは自らに誓ったのだ。一人の死者を出すこともなく、この戦いを終えると。






その時だった。


ふいに陽だまりに似た穏やかな温もりを感じて、カイルは自分の左手を見やる。そして、目を疑った。


左の小指にはめていたアメリのガラス玉の指輪が、月の光を吸い込んだかのように黄金色に輝いていたからだ。


(まさか……)


半信半疑ながらも再び川に身を沈めたカイルは、進行方向に指輪をかざす。


すると指輪の光は一筋の道となって、対岸までを鮮明に照らし出したのだった。


案の定、途中から川の水深が深くなっている箇所がいくつもあった。だが南南西の方角だけは、さほど深くない。この道を辿れば、全員無事にハイデル公国に渡ることが出来るだろう。






カイルが水面から顔を上げると同時に、指輪は役目を終えたことが分かったかのように光を失った。


「アメリ……」


カイルはガラス玉に唇を寄せ、故郷に残してきた愛しい恋人のことを想う。


「お前のおかげだ」


そして川から這い上がると、岸で待つ騎士達に馬で南南西の方向に進むよう指示した。
< 176 / 197 >

この作品をシェア

pagetop