獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
興奮しきっている従者や侍女たちは、騎士達が姿を見せるなり我先に駆け付けようと必死の形相だ。


すると、一歩前に躍り出たレイモンド司祭が両手を広げ、押し合いへし合いしている人々を制した。


「お待ちなさい。大勢で突進しても、戦でお疲れの陛下を困らせるだけでしょう。ここは私が代表して陛下を出迎え、城門までお連れします」


レイモンド司祭の落ち着いた口調に、皆は我に返ったように平常心を取り戻した。彼の言うことは、もっともだと思ったのだろう。何より、国王の留守中のこの城の責任者はレイモンド司祭だ。だから、彼の言うことには従わなくてはいけない。






無数の蹄の音がより大きくなり、跳ね橋の向こうに馬に跨った騎士達の大群が姿を現した。


その中心に、アメリは煌々と輝く金糸雀色の頭を見つける。カイルだ。隣には、ヴァンもいる。


遠目だからはっきりとは分からないが、怪我もなく健康そうだ。途端に肩の力が抜けて、アメリの顔に歓喜の笑みが浮かんだ。それと同時に、とめどなく涙が頬を伝う。


「では、お迎えに上がります」


アメリの隣にいたレイモンド司祭が、凛とした声を出した。







「神よ、今気づきました。あなたは私に重要な役割をくださっていたのですね……」


横をすり抜ける直前、レイモンド司祭はアメリにしか聞こえないような小さな声で、そんなことを呟く。


違和感を覚えたアメリが彼を凝視すれば、胸もとで揺れている彼のロザリオが目に入った。


帝王紫のガラス玉のはめ込まれたそのロザリオを、レイモンド司祭はいつ何時でも身に着けていた。


――『アメリ。帝王紫はね、お母様には調合が難しいのよ』


突然アメリの脳裏に懐かしい母の声が蘇り、ドクン、と心臓が不穏な音を鳴らした。






レイモンド司祭の背中が、跳ね橋の向こうに遠ざかる。


カイルは馬から降りて、自分の方へと歩み寄るレイモンド司祭を待っているようだった。


王城内の者が戦地から帰還した際は、まずは跳ね橋の前で誰かに祝辞をもらうのがこの国の慣例だからだ。


ドクン、ドクン。


嫌な汗が、アメリの全身から噴き出していた。


――『この黒っぽい紫は、ラックルという木になる実からしか抽出出来ないの。でもね、お母様にはその実を手に入れることは無理なのよ』


――『どうして?』


――『ラックルはね、サランの森という場所にしか生えていないからよ』


――『サランの森?』


――『そうよ。サランの森は、ハイデル公国の奥地にあるの。違う国の人間が、あの森の資源を我が物にすることは禁止されているわ。だから、帝王紫はハイデル公国の人間しか持ち得ない色なのよ』





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