獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
アメリ・ウィシュタットは、ロイセン王国のグレノス地方を治めるウィシュタット伯爵家の第四令嬢だ。


背中までの艶やかな黒髪とエメラルドグリーンのアーモンド形の瞳は、派手さはないが会う人に印象を残すといわれている。今年で十八になるが、物おじしない性格のせいか、年上に見られることの方が多い。


向かいに座っている男は、ヴァン・オズボーン・アンザム。今年で二十五になる、ウィシュタット伯爵に仕える騎士の一人だ。


筋肉質な男らしい体つきに甘いマスクを持つこの男は、アメリの兄のような存在だ。元はロイセン王国に隣接するハイデル公国の子爵家の長男だったが、わけあって父親が爵位を剥奪され、一家は離散したらしい。


剣の腕を見込まれたヴァンは、ウィシュタット伯爵に拾われる形で騎士として雇われ、今に至る。






「まあ、どんな冴えない城でも、美しい姫がいれば気持ちも弾むんですがね。あ、でもロイセン王にはご子息が一人いるだけか。残念だな」


冗談交じりのヴァンの声を聞き流しながら、アメリは窓の外を見つめた。


何年も舗装をやり直していないと思われる煉瓦の道は、ところどころがひび割れ土がむき出しになっている。広場があるので町の中心部のようではあるが、扉を閉めている店が目立ち、活気に乏しい。


中心に建てられた教会も外壁が薄汚れ、三角塔の頂にある鐘は錆びつき、神々しさの欠片もなかった。


「これが、今のロイセン王国なのね」


アメリの呟きに、冗談ばかり言っていたヴァンは口を閉ざした。心配そうに自分を見つめる騎士に、アメリは慌てて微笑を向けた。自分は不安ではないと、伝えるために。


ロイセン王国は、王国とは名ばかりの弱小国だ。隣国のハイデル公国が着々と領土を広げている上に、周辺国はほぼハイデル公国の配下にある。


ロイセン王国が呑み込まれるのも時間の問題だと語る政治家も、あとを絶たない。
< 3 / 197 >

この作品をシェア

pagetop