獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
タイミングがいいのか悪いのか、同時に重なった声。アメリは、みるみる目を見開いた。


(昨日のことを、謝っていらっしゃるの……?)


驚きのあまり、アメリは言葉を返すことが出来ない。


けれども、鎧兜に隠れた顔はアメリの方を見ていない。


(聞き間違いかしら……?)


アメリは、噴水に腰かけたカイルの手もとに視線を落とす。手持ち無沙汰に不自然に動く指先が、彼の心の動揺を物語っていた。おそらく、他人に謝ることに馴れていないのだろう。 


(はっきりとは聞こえなかったけど、やはり謝って来られたのだわ……)





「もう、去ってよい。お前が去らないなら、俺が去る」


どことなくイラついた口調で、カイルが言う。立ち上がろうと背を屈めた彼を、アメリは咄嗟に「お待ちください」と引き留めていた。


「なんだ? もう、お前に用はない」


いつもと変わらない、刺々しい口調。だが、アメリは確かに先ほど、カイルが心を開いてくれたのを感じた。


ほんの小さな変化だ。ただの気まぐれの可能性もあるし、アメリに好意を持ってくれたわけでもないのも分かっている。


それでも、悪魔と呼ばれ畏怖されている彼の心の内を覗くなら、今しかないと思った。


だから、賭けに出ようと心に決めたのだ。






「私は、あなたを許しません」


一瞬の硬直ののち、不意をつかれたようにカイルが顔を上げる。


「……なんだと?」


「あなたが昨日私にした行為を、そのような短い謝罪だけで許すことは出来ません。私は、あなたに深く傷つけられました」


「………」

< 35 / 197 >

この作品をシェア

pagetop