獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
「おや、このご時世に客人か。珍しいな。明日は雪が降るかもしれん」
入り口から店内を覗くアメリとヴァンに気づいた老人が、こちらを振り返って言った。鳥打帽を被り灰色の口ひげをたくわえた、やせぎすの老人だ。けれども緑色のエプロンから伸びた腕は、職人らしくたくましい。
「ここは、ガラス工房なのですか?」
アメリは、店内に足を踏み入れながら尋ねた。辺りには商品らしきものはなく、埃っぽい床にはどこかの建物の窓枠に合わせて形作られたステンドグラスばかりが重なっている。
ガラスで作ったコップやお皿などの食器、はたまた動物や植物などのオブジェが華やかに並んでいたアメリの母の店とは、様子が違う。
「そうだよ。だが、もうじき店じまいをする予定だ。いずれは戦争が始まる。戦争が始まれば、皆ガラスなどにうつつを抜かしている場合ではないからな。商売あがったりだよ」
言いながら、老人は鍋の中をぐるぐるとしきりに混ぜていた。店の中央にある作業机には、年季の入った鋳型が置かれている。ここに液体状のガラスを流し込み、ローラーで平らにして固めることで、窓ガラスが完成するのだ。
「店じまいをする予定にしては、ガラス作りに精が出ますね」
アメリの後ろで、ヴァンが腕組みをしながら言う。
「まあな、最後の大仕事といったところだよ。シルビエ大聖堂の、大改修をするんだ」
よくぞ聞いてくれた、とでも言うかのように老人はにんまりと微笑んだ。
「戦争がはじまれば、この町はどこもかしこもボロボロになるだろう。この町のシンボルであるシルビエ大聖堂は、真っ先に砲撃を受けるに違いない。だから、せめてその前にあの大聖堂を綺麗にしてやりたいんだ」
「壊されるものを、わざわざ大改修するのですか?」
老人の熱い語りに、眉をしかめるヴァン。老人は余裕の笑みを向けながら、そうだよ、と答えた。
「わしは、この町が好きだ。この町に生まれ育ったことを、誇りに思っておる。あの大聖堂は、この町で育ったわしらの誇りだ。だから、この町がなくなる前に、皆の目に最高の姿を焼き付けてやりたい」
入り口から店内を覗くアメリとヴァンに気づいた老人が、こちらを振り返って言った。鳥打帽を被り灰色の口ひげをたくわえた、やせぎすの老人だ。けれども緑色のエプロンから伸びた腕は、職人らしくたくましい。
「ここは、ガラス工房なのですか?」
アメリは、店内に足を踏み入れながら尋ねた。辺りには商品らしきものはなく、埃っぽい床にはどこかの建物の窓枠に合わせて形作られたステンドグラスばかりが重なっている。
ガラスで作ったコップやお皿などの食器、はたまた動物や植物などのオブジェが華やかに並んでいたアメリの母の店とは、様子が違う。
「そうだよ。だが、もうじき店じまいをする予定だ。いずれは戦争が始まる。戦争が始まれば、皆ガラスなどにうつつを抜かしている場合ではないからな。商売あがったりだよ」
言いながら、老人は鍋の中をぐるぐるとしきりに混ぜていた。店の中央にある作業机には、年季の入った鋳型が置かれている。ここに液体状のガラスを流し込み、ローラーで平らにして固めることで、窓ガラスが完成するのだ。
「店じまいをする予定にしては、ガラス作りに精が出ますね」
アメリの後ろで、ヴァンが腕組みをしながら言う。
「まあな、最後の大仕事といったところだよ。シルビエ大聖堂の、大改修をするんだ」
よくぞ聞いてくれた、とでも言うかのように老人はにんまりと微笑んだ。
「戦争がはじまれば、この町はどこもかしこもボロボロになるだろう。この町のシンボルであるシルビエ大聖堂は、真っ先に砲撃を受けるに違いない。だから、せめてその前にあの大聖堂を綺麗にしてやりたいんだ」
「壊されるものを、わざわざ大改修するのですか?」
老人の熱い語りに、眉をしかめるヴァン。老人は余裕の笑みを向けながら、そうだよ、と答えた。
「わしは、この町が好きだ。この町に生まれ育ったことを、誇りに思っておる。あの大聖堂は、この町で育ったわしらの誇りだ。だから、この町がなくなる前に、皆の目に最高の姿を焼き付けてやりたい」