能ある狼は牙を隠す
そう話しながら坂井くんはスライド式のドアを開ける。
「……え、」
彼がドアの横に顔を向けたまま固まった。
その様子を訝しみながらも、私は彼の視線の先を追う。
「狼谷くん……」
気だるそうに壁に寄りかかり、両手をポケットにしまい込んだ状態の狼谷くん。
彼の切れ長の目が動いて、私たちを捉えた。
「あー……狼谷、その――」
「羊ちゃん。もう図書室行ける?」
坂井くんが歯切れ悪く呼びかけるも、狼谷くんはそれを気にとめていない。
「うん……行けるよ……」
どうして彼がここに、と思った直後に、そういえば理科室の掃除当番だったなと思い出した。
いつからいたんだろう。もしかして坂井くんとの会話が聞こえてたんだろうか?
そうだとしたら、狼谷くんは一体、今どんな気持ちで――。
「坂井」
狼谷くんのその声で我に返る。
「心配しなくても傷一つつけないから、安心しろ」
「え――」
「行くよ、羊ちゃん」
唖然と立ち尽くす坂井くんにそう言い放ち、狼谷くんが私の手を引く。
それに素直に引っ張られながらも、私は狼谷くんの胸中が気になって仕方がなかった。