能ある狼は牙を隠す


悶々とそんなことを考えていると、狼谷くんが帰って来た。
彼の手には数学の教科書。どうやら教室に取りに行っていたようだ。


「あ、おかえり……」


手を動かしていないことを悟られないように、私は努めて笑顔で言った。


「ただいま」


律儀にそう返した狼谷くんは、特にこちらを不審がる様子もなく腰を下ろす。

どうしよう。このまま普通に見てもらっていいのかな。
早く帰りたいなら正直にそう言ってもらった方がいいんだけれど……。


「どうしたの」

「えっ」

「そんなに俺のことじっと見て。分かんないとこあった?」


無意識のうちに凝視してしまっていたらしい。
私はぶんぶんと首を振って、「大丈夫!」と背筋を伸ばした。


「ごめんね、じろじろ見て……」


いけない。
とりあえずこの問題を一秒でも早く解いて、なるべく早く狼谷くんを解放しないと。


「……別にいいのに。前も言ったじゃん、羊ちゃんは俺のこともっとちゃんと見て」

「あ、えと、そうだよね……気を付けます……」

「ん。俺から目離したら許さないからね?」

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