能ある狼は牙を隠す
そう言い切ると、羊ちゃんはゆっくりと顔を上げて俺を見つめた。
丸い瞳は不安げに揺れ、それでいてどこか神秘的だ。
いつもほんのり色づいている頬が、今は余計に赤く見えた。
「……まさか、それだけを言いに追いかけてきたの?」
ただの友達――いや、クラスメートに。
「え? う、うん……」
「バス逃してまで? 用事あるのに?」
本当に意味が分からない。どうしてたった、それだけで。
「あっ、用事はないよ! 大丈夫!」
余程自分は険しい顔をしていたのか、羊ちゃんは慌てたように手を振った。
「えっと、狼谷くん、他の人との約束とかあるのかな? と思って。遅くまで私に付き合ってもらうの悪いから……」
「それでわざわざ嘘ついたの?」
「ごめんね……」
しゅん、という効果音が適切なほど彼女は分かりやすく縮こまった。
違う。謝らせたいんじゃない。
焦っている。気持ちが急いて、問い詰めるような言い方をしてしまう。
だってそんなの、本当に意味が分からない。
たかが誕生日なのに、しかも俺じゃなくてどうして羊ちゃんがそんなに必死になるのか。
「…………なに、それ」