能ある狼は牙を隠す
おどおどと謝る彼女に、俺は内心ほくそ笑んだ。
腰が低いのは彼女のいいところでもあるが、悪いところだ。
「羊ちゃん」
「はいっ」
「用事、ないんだよね?」
顔を上げて彼女の目を真っ直ぐに射抜く。
自分は今きっと、とてつもなく悪い顔をしていることだろう。
「な、ないです……」
「そう。じゃあちょっと付き合って?」
強めの口調でそう押し切る。
さっきから自分が何か大層悪いことをしたと思っているらしく、「ごめん」を連呼する彼女のことだ。
罪悪感に苛まれている状態で俺から頼み事をされれば、断ることはまずないだろう。
案の定、羊ちゃんは小刻みに頷いた。
「こっちおいで」
安心させるために微笑みかけると、羊ちゃんは恐る恐るといった様子でこちらへ歩み寄ってくる。
ヒツジを捕まえるには、まず自分が無害だと主張する必要があるのだ。
普段からそうだが、少しでも凄むと羊ちゃんは怖がるから、なるべく口調や表情には気を付けている。
努めて優しく、穏やかに。時々甘く。
「か、狼谷くん」
「うん?」
「その、狼谷くんはいいの? 他の人とお祝いするとか……ないの?」