能ある狼は牙を隠す
彼の目が私を捉えた。
どき、と大袈裟なくらい心臓が跳ねる。
私は入り口で立ち止まり、恐る恐る口を開いた。
「ごめんね、立ち聞きしちゃって……」
忘れ物しちゃって、と付け足した自分の声は随分と言い訳がましくて、内心唇を噛む。
しばらく経っても返事がないから、私は緩慢に自分の机へと向かった。
「どこから聞いてたの」
静かな空間に響く狼谷くんの声。覇気がない。
当たり前か、と思いながら記憶を辿る。
「えっと、本命がいるとか、いないとか」
私が言うと、彼は「いないよ」と自嘲気味に笑った。
そっちが質問したから答えただけなのに、これじゃあ私が聞いたみたいだ。
「……いないよ。今の子は、」
「お友達?」
ご名答、と言わんばかりに狼谷くんは目を細める。
分かってんじゃん。そう呟いて、彼は少し意地悪な顔をした。
「白さん、『お友達』の意味知ってるの?」
「え、」
知ってるの、と聞かれても。
彼のニュアンスが何か違うものを指していることは察したけれど、詳しいことは分からない。
まあ考えても答えが出るわけじゃないし、と私は諦める。
「うーん……正直、よく分かってないかなあ」