能ある狼は牙を隠す
おはよう、と慌てて返して背筋を伸ばした。
「いやー、人気者だね。玄」
愉快そうに喉を鳴らす彼に、私は頷く。
良かった。本当に良かった。
クラスのみんなもちゃんと狼谷くんのことを分かってくれたんだ。
疎まれたり、避けられたり。
そんなところは見たくないし、やっぱり狼谷くんは沢山の人に囲まれて過ごすべき人種だと思う。
「……寂しい?」
突然、津山くんは私の顔を覗き込んでそう聞いてきた。
「玄が人気者になっちゃって、寂しい?」
はて、と首を傾げる。
狼谷くんが人気者になるのは嬉しいし、寂しくはない。
彼は優しいから私なんかにも丁寧に接してくれるし、それはきっとこれからも変わらないんじゃないかな。
「ううん。嬉しいよ」
「え?」
「みんなにもっと狼谷くんの素敵なところ、知って欲しいなあって思うんだ。あんなにいい人なのに、もったいないよねえ」
津山くんは目を真ん丸にして、それから小さく息を吐く。
私の後ろの方に視線を投げると、「こりゃ厄介だなあ」と零した。
「厄介……?」
「いや、こっちの話。ありがとね」
「え、えーと?」
いま一体、何に対してお礼を言われたんだろう?
訳も分からず「どういたしまして」と曖昧に返事をして、私は席に戻った。