能ある狼は牙を隠す
冷たさに驚いたのか、狼谷くんは目を見開く。
固まって動かない彼に、ちょっと心配になった。
「狼谷くん?」
改めて近くで見ると、彼の左目には泣きぼくろがある。
窓から入ってくる風がその前髪を揺らして、邪魔じゃないのかなあと余計なことが気になった。
今更ながらに至近距離で彼の顔を見つめていることに気が付いて、少し恥ずかしくなる。
狼谷くんは私の手ごと保冷剤を押さえると、そのまま瞳を覗き込むようにして、じっと私を見つめた。
「……羊、だっけ」
「え?」
「白さんの下の名前。合ってる?」
私がゆっくり頷くと、彼はぎこちなく微笑む。
その表情があどけなくて、この人は本当に乱暴なことをするんだろうか、と疑心暗鬼になった。
「羊。羊ちゃん」
確かめるように、狼谷くんが私の名前を呼ぶ。
優しくて柔らかくて、ちょっぴりくすぐったい気持ち。
不真面目で、凶暴で、プレイボーイ。
絶対相容れないと思っていた。完全に異質で苦手な存在。
それなのに、今こんなにも穏やかな時間が流れている。
「羊ちゃん。俺ってクズ?」
「クズかもしれないねえ」
「えー、さっきと違うじゃん」
嫌い寄りの苦手だった人は、想像よりもずっと普通の人。
「羊ちゃん、俺と『お友達』になる?」
……なのかもしれない。