能ある狼は牙を隠す
やけに鮮明に名前を呼ばれた気がして、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
相変わらず雨は容赦なく降り続いていて、雫が壁に打ち付けられる音が耳朶を打った。
それなのにクリアに聞こえた声。
何だかおかしいな、と首を傾げていると、再びその声が私を呼ぶ。
「羊ちゃん」
先週ぶりに聞こえた、その声が。
想像ではなくて現実のものなんだと、そう告げた。
振り返ると、そこには髪と制服がしんなりと濡れている狼谷くんがいた。
「良かった。まだ、いた」
どうやら走ってきたらしい。
苦しそうに肩を上下させながら、彼は大きく息を吐き出す。
「……狼谷くん、」
もしかして、委員会のために来てくれたんだろうか。
ひょっとすると体調が優れなくて、今になってやって来たのかもしれない。
「だ、大丈夫? 風邪引いちゃうよ。傘ささずに来たの?」
タオルでも持っていれば良かったんだけれど、今はハンカチしか手元にない。
慌ててポケットから取り出して、彼の顔をそっと拭う。
狼谷くんは虚をつかれたように固まって、しばらくはされるがままだった。
すると突然、私の手をハンカチごと掴んで目を合わせてくる。
「か、狼谷くん……?」