能ある狼は牙を隠す


悩ましげに細められた目が、じりじりと焦がすように私を見つめている。

狼谷くんは眉根を寄せて固く目を閉じると、縋るように私の手に頬擦りをした。
その動作に、訳も分からず心臓が跳ねる。


「あの時も、こうだったよね」

「え?」


開いた彼の目が、また私を捕まえた。
さっきのように迷いのある色とは違って、そこにあるのは充足感に満ちたような、それでいてどこか飢えているような、そんな色だった。


「俺がぶたれた時も、羊ちゃんはこうやってくれた」


その言葉に、ようやく理解する。

たぶん彼が言っているのは、狼谷くんが女の子にビンタをかまされていた時のことだろう。


「あの時は保冷剤が冷たくて気付けなかった。羊ちゃんの手、こんなに温かいんだって」


掴まれた手に、一層力が加わった。

狼谷くんは口元を緩めると、酷く優しい笑顔で言う。


「俺はずっと、羊ちゃんに『ありがとう』って言いたかったんだ。俺を助けてくれて、ありがとうって」


不意に坂井くんの言葉を思い出す。


『狼谷を助けられるのは白さんしかいないと思うんだよ』

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