能ある狼は牙を隠す



「……どうしよう」


いや、どうしたもこうしたもない。

手の中で振動し続けるスマホを見つめながら、私は意を決して画面をタップした。


「も、もしもし」

「もしもし。羊ちゃん?」

「はっ、はい! 白です!」


何でそんなに緊張してるの、と受話口から狼谷くんの声が聞こえる。
……逆にどうして緊張しないのかを教えて欲しい。

宿題をする気にもなれず、リビングでテレビをぼんやり鑑賞していた時、事件は起こった。
かかってくるはずのない人から電話がかかってきたのだ。


「いま時間大丈夫?」

「え、と……うん、大丈夫だよ」


時間の心配は非常に有難いのだけれど、正直心の準備の方が全くもって大丈夫ではない。


「ごめんね、急にかけちゃって。ちょっと話したいことがあったんだけど、学校だとゆっくり話せないから」


そう前置いた狼谷くんは、ゆったりとした口調で続ける。


「前にさ、夏休み遊びに行こうって言ったの、覚えてる?」

「え、」


覚えてるというか――あれって社交辞令じゃなかったんだ!?
ここに来てその話題が上がると思っていなかったから、完全に気の抜けた声が出た。


「あれ、忘れちゃった?」

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