能ある狼は牙を隠す
不思議そうに私の名前を呼ぶ彼に、「ごめんね」と語りかけた。
「狼谷くんがそういうの行くって、ちょっと新鮮で」
色んな女の子とデートをした狼谷くんなら、すんなり誘えてしまいそうなものなのに。
こういうのは何度やっても恥ずかしいのかな?
「可愛いなあって、思っちゃいました」
胸の内を正直に明かすと、静寂が落ちる。
数秒経ってから、これはまずいのではと嫌な汗をかき始めた時だった。
「……羊ちゃんって、ずるいよね」
「え!?」
突然、不貞腐れたような声色に指摘される。
生まれてこの方、ずっと真面目に生活してきたつもりだった。
ずるいと言われたのは初めてで、狼谷くんの感性には驚かされてしまう。
「クレープみたい」
「く、クレープ……?」
分からない。どの部分をどう解釈したらその例えに辿り着くのか。
必死に彼の言葉を理解しようと努めていると、
「羊ちゃん。一緒に行ってくれる?」
幼子のような、少し甘えるような声。
ぎゅ、と心臓が縮んで――ずるいのは狼谷くんじゃないか、とそんなことを考えた。
「うん、行こう。一緒に」
狼谷くんはどうやら、言葉での約束をしたがるらしい。
それを分かりつつあった私は、敢えて「一緒に」と最後に添えて、彼に応えた。