能ある狼は牙を隠す
SS 一念発起 ―Gen Kamiya―
「えーと、強いて言うなら……一途な人、かな?」
何気なく、といった様子で彼女の口から放たれたその言葉に、足元が崩れていくような気がした。
カラン、と音が鳴る。
自分の握っていたチョークは、先が折れていた。
「……玄。早く書かないと」
岬の声が聞こえるが、今はそれに答える余裕もない。
ただただ目の前の黒板を見つめ、俺はまさしく途方に暮れた。
視界が真っ黒に塗りつぶされたように、胸を重たい石で押しつぶされたように、辛く息苦しい。
「狼谷くん」
だめだ、やめてくれ。いま呼ばれたら俺は、
「あ――」
彼女を瞳に映したその瞬間、激しく後悔した。
きっと俺は酷い顔をしている。
それは彼女の表情を見れば明白で、自己嫌悪と行き場のない怒りにも似た感情が頭を掻き乱す。
「……狼谷、くん?」
どうしたの、と。その唇が動いた。
純真な二つの眼差しは心配の色をたたえていて、俺は耐えきれずに顔を背ける。
岬が何か言っている気がした。
それもよく分からない。今は何も聞きたくない。
彼女が見えない場所へ行けるのなら、どこでも構わない。
席へ戻った俺は、ひたすらに時が過ぎるのを待った。