能ある狼は牙を隠す
小学生や中学生じゃあるまいし、と誰か盛大に笑って欲しい。
とはいえそれが分かったと同時に、俺のような人間が彼女の隣に立つには、やはり相応しくないのだとも思った。
羊ちゃんは太陽の下で笑っているのが一番似合う。
俺はせいぜい、真夜中にひっそりと月明かりを探し、さ迷っているくらいがちょうどいい。
分かってる、全部。
でも俺はこの気持ちの扱い方を知らない。彼女の顔を見たら、きっと情けないことになる。
手を伸ばしたくても伸ばせない。伸ばしたって届かない。
自分は酷く臆病で、穢れていて、空っぽだ。
満たされたことなんて一度もなかった。
どれだけ体を重ねても、愛を囁いても。その瞬間が終われば、たちまち虚しさが胸を突く。
だからその空虚な時間が少しでも短くて済むように、俺は数え切れないほど行為を繰り返した。
なるべく都合の悪いことは見て見ぬふりをした。
なのに、彼女は。
『私が見てるよ』
たった一言で、俺の心の埃を取り去ってしまった。
重くのしかかっていたものが、羽のように軽く、飛んでいった気がして。
……ずるい。ずるいよ羊ちゃん。
乾き切っていた心に水を注がれて、俺は「満たされる」という感覚を知ってしまった。
だからもう、乾いたままでは辛い。
他でもなく、彼女に満たされたいと願ってしまったんだ。