能ある狼は牙を隠す
俺とお祭り行くの嫌になった? 帰る? と縋るような眼差しで聞かれ、私は首を振った。
その捨てられた子犬みたいな仕草、やめて欲しい。
「……良かった。ありがとう」
柔らかい笑顔にほっとする。
狼谷くんは温かいお茶を頼んでくれて、それをゆっくり飲んでいるうちに気持ちも落ち着いてきた。
きっと狼谷くんは義理堅いんだ。
仲良くなった人には、すごく誠実に接してくれるんだと思う。
「じゃあそろそろ行こうか」
彼の言葉に頷いて、外をちらりと見やる。
空はほんのりオレンジがかっていて、複雑な色合いがとても綺麗だった。
狼谷くんがあまりにも自然とお店を出て行こうとするから、途中まで会計をしていないことに気が付かなかった。
「あ! お会計!」
テーブルの上とかちゃんと確認しなかったけれど、伝票とかあったのかな?
立ち止まった私に、狼谷くんは「ん?」と振り返る。
ん? じゃない。お金は大事。
「お客様」
店員さんに呼び止められて、振り返った。
ああごめんなさい。ちゃんと払うつもりでした……。
「お代はもう頂いております」
こそこそ、と耳打ちをされて、私は「え?」と間抜けな声を上げる。
「羊ちゃん、行くよ」
「え、え? あの、えっと……」
私の腕を引く狼谷くんと、なぜか満面の笑みの店員さん。
二人を交互に見ながら、私は釈然としないままお店を後にした。