能ある狼は牙を隠す
ふわ、と口元を綻ばせた狼谷くんを見ていると、遠くの方で低い音が鳴り響いた。花火が打ち上がったようだ。
夜空に視線を泳がせる。
火種がひゅるひゅると闇を切り裂いて、大きく花開いた。
「わ、ハートだ!」
ピンク色の光が弧を描いて落ちていく。
そのすぐ後に、真っ赤なハートが打ち上がった。
しばらく空を見上げながら、花火ってこんな感じだったっけ、と少し不思議に思う。
何だろう。すごく綺麗なんだけれど、何かが足りない気がする。
「羊ちゃん」
突然呼ばれたかと思うと、狼谷くんはぐっとその距離を詰めてきた。
「動かないでね」
「え――?」
狼谷くんの腕が伸びてきて、私の背中に回る。
そのまま力強く引き寄せられて、私は彼の腕の中に収まった。
「え、な、狼谷くん……!?」
頭の中がパニックだ。
なんだかいい匂いがするし、くっついたところが熱いし――
「こーら。じっとしてて」
「へ、ぁ……」
耳の中に直接吹き込まれるように囁かれて、完全に腰が抜けた。
いつもの声じゃない。ずっと低くて、大人っぽくて、少し掠れた「男の人」の声。
「はい、虫とまってた。取れたよ」