能ある狼は牙を隠す
こて、と首を傾げた狼谷くんが再び近付いてくる。
「え、あの、狼谷くん……?」
また虫でもとまってたんだろうか。
至近距離で見つめられている状況に耐えられなくて、思わず目を瞑る。
刹那、すん、と息を吸う音が耳に届いた。
「うん。いい匂い」
――吸った!? 今すんって! すんって聞こえたよね!?
今日一日だけで、一体どれほど心臓に悪いことをするんだろう。
既に元に戻った狼谷くんの瞳には、花火の光が入り込んで輝いていた。
違和感の正体は、花火の色だ。
普通は黄色や青や緑なんかが打ち上がるのに、今見ている花火はさっきからピンクと赤ばかり。だから色彩的に物足りなく感じたんだと思う。
「花火、ピンクで可愛いね。何でずっと同じ色なんだろう」
すっかり落ち着いた空気の中で、私は素朴な疑問を口にする。
狼谷くんは「あー……」と言い淀んでいて、何か知っているみたいだった。
「カップル向けのイベントだからね」
「そうなの!?」
どうりで仲睦まじい男女のペアばかり目に入るわけだ。
花火師さんもわざわざそのために準備しているなんて、随分協力的なんだなあ。
「……怒んないの?」