能ある狼は牙を隠す
ましてやそう言って笑うなんて、一体誰が想像しただろう。
羊が平気なら、私としても特に口を出すことはない。
もし狼谷くんが仕事を放って羊を困らせるようなことがあったら、その時はこちらとしても黙っていないぞ、という気持ちでは常にいたけれど。
意外にも、狼谷くんはきちんとやるべきことはやっているみたいだ。
それどころか、ついには勉強をみてもらうとか何とか。さすがに冗談かと本気で疑った。
相手の懐に入り込むのが上手い子だよな、とは日頃から思う。
恐らく本人は無意識なんだろうけれど、羊といると力が抜けるというか、難しいことを考える必要がなくなってしまうのだ。
まさかそれがあの問題児にも通用するとは、恐るべし。
それはそれとして、私にはもう一つ気がかりなことがある。
『羊ちゃん、おはよう』
夏期講習の間、狼谷くんは毎日羊のもとへ来ては、あれこれ世話を焼いていた。
教室内でこんなにあからさまに話しかけるようなことは今までなかったから、周りも少し驚いていたみたいだ。
彼が吹っ切れたタイミングには、十分に思い当たる節がある。
『えーと、強いて言うなら……一途な人、かな?』