能ある狼は牙を隠す
羊がそう言い放った途端、誰がどう見ても分かりやすく動揺した人が約一名。
津山くんは複雑な面持ちで彼に声をかけていた。きっと本人よりも先に諸々察したんだと思う。
羊を近くで見ていた友達代表として言わせてもらえば――ふざけんな、である。
薄々感じてはいた。
不機嫌な時のオーラだけで人一人殺せそうな狼谷くんが、羊の前では優しい眼差しになること。
日が経つにつれて、彼の目は羊を追いかけるようになっていたこと。
でも確証はない。知らないふりをしていれば、何も起こらずに終わるかもしれない。
だって、こんな素朴で心優しい子を彼に任せたくないんだもの。
『だからつまり、狼谷くんを羊が更生させればいいんだよ』
半分以上冗談で言ったつもりが、本当になってしまった。
しかも更生どころの騒ぎじゃない。しっかり懐かれてるじゃないか。
「……カナちゃん? もう学校着いちゃうよ」
羊の声で我に返る。心臓が嫌な音を立てていた。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「何か言いかけてなかった?」
「ううん。何でもないよ」
首を振って曖昧に笑ってみせると、羊は釈然としない表情だった。