能ある狼は牙を隠す
*
「西本」
そう呼ばれたのは確か、終業式の前日だった。
つい先日まで一週間休んでいた目の前の人物に、間違いなくはっきりと声を掛けられたのだ。
「どうしたの?」
昼休みの教室は騒がしいはずなのに、その時ばかりはしんと静まり返っていて。
無理もない。スクールカースト上位の狼谷くんが、何をどうしたら私の名前を呼ぶなんていう事態になるのか。
周りのクラスメートは彼が何を言い出すのかと、固唾を呑んで見守っていた。
「羊ちゃんの好きな物って何?」
「…………は?」
呆けたような声が出て、慌てて口元を押さえる。
いやいや、相手は狼谷くんだよ。は? ってまずくないか。
一人冷や汗を流す私を、彼は無感情に見下ろし、そして再び口を開いた。
「あの、悪いんだけど羊ちゃんが戻ってくる前に教えて欲しい」
「あ――ああ、ごめん……えっと」
これは本当にあの狼谷くんなんだよね? 彼が人にお願いをすることなんてあるの?
混乱中の頭をフル回転させて、私は必死に正解を探す。
「食べ物だったら、抹茶が好きって言ってたよ。あとは……あーそうだ。オレンジ好きって聞いたかな、味も匂いも含めて」
「西本」
そう呼ばれたのは確か、終業式の前日だった。
つい先日まで一週間休んでいた目の前の人物に、間違いなくはっきりと声を掛けられたのだ。
「どうしたの?」
昼休みの教室は騒がしいはずなのに、その時ばかりはしんと静まり返っていて。
無理もない。スクールカースト上位の狼谷くんが、何をどうしたら私の名前を呼ぶなんていう事態になるのか。
周りのクラスメートは彼が何を言い出すのかと、固唾を呑んで見守っていた。
「羊ちゃんの好きな物って何?」
「…………は?」
呆けたような声が出て、慌てて口元を押さえる。
いやいや、相手は狼谷くんだよ。は? ってまずくないか。
一人冷や汗を流す私を、彼は無感情に見下ろし、そして再び口を開いた。
「あの、悪いんだけど羊ちゃんが戻ってくる前に教えて欲しい」
「あ――ああ、ごめん……えっと」
これは本当にあの狼谷くんなんだよね? 彼が人にお願いをすることなんてあるの?
混乱中の頭をフル回転させて、私は必死に正解を探す。
「食べ物だったら、抹茶が好きって言ってたよ。あとは……あーそうだ。オレンジ好きって聞いたかな、味も匂いも含めて」