能ある狼は牙を隠す
万事如意
「ごめん狼谷くん、お待たせ!」
額に汗がじんわり滲む。
既に着いていた狼谷くんが、その視線をこちらに向けた。
「おはよ。走ってきたの? 別に急がなくて良かったのに」
そう言った彼の手がこちらに伸びてくる。
乱れていた私の前髪をそっと直して、優しく口角を上げた。
あまりにも自然に行われた動作に、ただ黙って彼を見上げることしかできなくて。
「どしたの?」
「……あっ、え、何でもないよっ」
首を振る私に、狼谷くんは「じゃあ行こうか」と促して歩き出した。
真夏日ということもあって、太陽が一段と手厳しい。
先月末に彼と交わした約束通り、今日は二人で宿題を片付けることになっていた。
図書館にでも行くのかなと思っていたところに、狼谷くんがこんな提案をしたのだ。
『俺ん家でやる?』
『えっ!?』
『クーラー効いてるし、お茶も出せるし……嫌なら無理にとは言わないけど』
もちろん嫌なわけがない。ただ男の子の家に行くのは初めてで、無条件に緊張してしまう。
結局彼の言葉に甘えることにして、私は頷いた。
かくして狼谷くんのお家に来てしまったんだけれども。
「お邪魔します……!」
「はは。そんな緊張しなくていいよ、いま誰もいないから」