能ある狼は牙を隠す
真剣な表情で宿題に取り組んでいる彼に、私は控えめに声をかける。
「ん? どうしたの」
「ごめんね、ちょっと分からないところがあって……聞いてもいいかな」
「いいよ。どこ?」
「この文章題なんだけど、」
狼谷くんの方にプリントを寄せ、問題を指さそうとした時。
彼はおもむろに立ち上がると、私の隣に腰を下ろして手元を覗き込んできた。
「うん。これ?」
「え!? あ、うん、そう……!」
私がプリントの向きを変えればいいだけなのに! わざわざ赴いてもらって申し訳ない!
突然近くなった距離に、心臓がばくばくと動き出す。
「これねー……ちょっと難しいよね」
背後で空気が揺れたような気がして視線を向けると、狼谷くんの腕が目に入ってくる。
どうやら私の後ろで床に手をついたようだった。
なんかこの体勢、とっても心臓に悪いんですが……!
「まず最初に連立方程式つくりたいから、xとyで表すんだけど……」
狼谷くんの声が近い。というか顔が近い。
至って真面目な説明をしてくれているのに、内容が全く理解できそうになかった。
「羊ちゃん」
「ひぁっ」