能ある狼は牙を隠す
ぐっと腰を引き寄せられる。
ああもう、まただ。また狼谷くんの悪い癖。
すぐそうやって私に恥ずかしいことを言わせるんだ。
「き、聞こえるから……ちゃんと聞くから、だから、もう……」
もうこれ以上は。
ゆるく彼の胸元を押して抵抗する。なかなか離れない距離に思わず顔を上げると、
「はー……もう、どうにかなりそう……」
恍惚と私を見下ろす、狼谷くんの瞳とかち合った。
今までに見たものの比じゃない。いつもの優しい彼なんてどこにもいなかった。
頬は赤く上気していて、悩ましげに眉間に皺が寄っている。
そのぎらつく瞳に一度囚われれば、身動きが取れなくなってしまう。
「えっと、その……」
どうにかなりそう、とは。
静まり返った空間に、自分の鼓動が鳴り響いているような感覚さえした。
「……ん。ちょっと、疲れただけ」
「そ、そっか……って、え!?」
ぽすん、と狼谷くんが私の肩に頭を預けてくる。
彼の手は腰に回ったままで、もう片方の手も背中に回されてしまった。
「あああの狼谷くん!?」
「ごめん、少しだけこのままがいい」
「えええ……」