能ある狼は牙を隠す


狼谷くんの両腕に力がこもる。
一層強くなった拘束にひたすら困惑していると、彼が頭をぐりぐりと押し付けてきた。

あ、なんか可愛いかも……。
不謹慎にもそう思ってしまう。前も少し思ったけれど、ワンちゃんみたい。

そんなことを考えていると、段々落ち着いてきた。


「狼谷くん、やっぱりいい匂いするね。この前と似たような……?」


沈黙に耐えきれずに口を開く。狼谷くんは僅かに顔を上げた。


「うん? 羊ちゃんがこの匂い好きって言ってたから、今日もつけた」

「ええっ……! ごめんね、わざわざ……」

「何で? 羊ちゃんのためにつけたのに」


私のためになんて、滅相もない……!
まさか会う人の好みに合わせて変えてるんだろうか。きめ細やかな気遣いだ。


「なんだろう、柑橘系? の匂い?」

「うん、オレンジだよ。羊ちゃん好きでしょ?」

「うん、好き、だけど……」


どこか不透明さを感じて口ごもる。
狼谷くんに匂いの好みを話したことなんて、なかったよね? いや、前に私が「この匂いが好き」って言ったから、っていう意味なのかな?

からん。グラスの中の氷が音を立てる。
――あれ? そういえば、これもオレンジだけど……。


「俺もオレンジ好き。一緒だね」

「そうなんだ……!」


なんだ、狼谷くんもか。曇っていた胸中が一気に明るくなる。
彼とは好みがよく合うなあ、と少し嬉しく思った。

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