能ある狼は牙を隠す
目が、合わない。
私に倣って立ち上がった狼谷くんは、ドアを開けて背を向けた。
『こんなにちゃんと誕生日祝われたの、久しぶりだな』
『はは。そんな緊張しなくていいよ、いま誰もいないから』
前までの、いつもどこか孤独を秘めているような瞳と笑い方。生活音の聞こえない彼の家。
少し考えれば分かるはずだったんだ。
私が帰る時、彼は毎回名残惜しそうにしていたけれど、それはきっと――
「狼谷くん!」
咄嗟に彼の腕を掴んだ。
振り返った狼谷くんの表情が、驚きに染まっている。
「一緒に食べよう? あの、私で良ければ、だけど……」
そんなに悲しそうな目をしないで。縋りたいと訴えかけてくるのに、たった一度で諦めようとしないで。
「えっと、狼谷く、」
「――捕まえた」
鼓膜を揺らす低い声。気が付けば私は彼の腕の中にいた。
「帰んないで。俺と一緒にいて。……俺から離れていこうとしないで」
狼谷くんの匂いが濃くなる。苦しいくらいに抱き締められて、呼吸が浅くなっていく。
彼の唇が私の耳を食んだ。
「もうほんとに、羊ちゃんだけなんだ……」
「ひゃ、う……」