能ある狼は牙を隠す
変な意味はないんだろうけれど、今さっきまでの話題のせいで、過剰に反応してしまった。
完全に動きが止まった私の背後から、足音が聞こえる。
「ちょっと。羊ちゃんに変なこと言わないでくれる」
振り返ることができない。今顔を合わせたら、たぶん羞恥でどうにかなってしまう。
「あら、邪魔しないでって言ったのに。聞いてたの〜? 趣味悪い〜」
「聞いてたんじゃなくて、聞こえんの。ほんと、余計なこと言うのやめて」
狼谷くんがそう言い放った瞬間、心臓がぎゅっと縮んだ。
聞こえたって。それはつまり、今までの話を全部聞かれていたってことだろうか。だとしたらかなりまずい。
「はいはい。玄、羊ちゃん送ってあげて」
「言われなくても送る」
繰り広げられる会話を呆然と聞き流しながら、私は項垂れた。
待って待って。私なんだか、さっきとんでもないことを口走っていた記憶しかないんだけれど――
「羊ちゃん」
柔らかい声色。
覗き込むようにして目を合わせてきた狼谷くんに、頬が熱くなる。
どうしよう、恥ずかしすぎるよ……。
「……行こっか」
彼は一瞬だけ目を見開いて、それからすぐに姿勢を戻した。