能ある狼は牙を隠す
唐突に頭上から聞き慣れたテノールが降ってくる。
瞼を開ければ、そこには視界いっぱいに映る狼谷くんの顔があった。
「わっ……お、おはよう……!」
慌てて背筋を伸ばして、髪を整える。
私と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ狼谷くんは、柔らかく微笑んだ。
「おはよ。……ここ、まだ跳ねてる」
彼は自身の頭の左側を指してそう言うと、僅かに目を細める。
「えっ! どこ?」
「んー、ここ」
狼谷くんの手が私の頭に触れた。ぐっと身を乗り出すようにして距離を詰めた彼から、柑橘系の香水の匂いがする。
「あ、狼谷くん、またオレンジのつけてる?」
「うん、つけてる。いい匂い?」
「ふふ。いい匂いだよ」
肩を揺らした私に、狼谷くんも嬉しそうに頬を緩めた。
私の髪を梳いた彼の手が、そのままやんわりと頭を撫でてくる。
「ね、今日も放課後居残りだって。立て看板作るらしいよ」
「えっ、そっかあ……頑張ろうね!」
「ん。頑張ろ」