能ある狼は牙を隠す



まずい、遅刻する!

バスを降りてから、私は必死に走り続けていた。

そもそも起きたのがいつもより遅かったけれど、少し急げば十分間に合う時間だったはずで。
それなのになぜこんなに全力疾走する羽目になったかというと、二度にわたって忘れ物をしたからだ。

家を出て五分ほどでスマホを忘れたことに気付いて慌てて取りに帰り、その後バス停まで行ってから財布を忘れて取りに帰った。

結局、ギリギリ間に合うかどうかの瀬戸際を攻めるような時間帯のバスに乗らなければならなくなってしまった。


「はー……セーフ……」


校門をくぐったところで、堪らず膝に手をつく。
何とか五分前に滑り込んだ。

息を整えながら下駄箱に向かうと、そこには今まさに外靴から上靴に履き替えようとしている狼谷くんがいた。

目が合って、意図せず肩が跳ねる。

彼はふわりと相好を崩すと、昨日の冷酷さが嘘のように、随分と優しい声を出した。


「羊ちゃん、おはよう」

「あ、えっ、」


まともに笑いかけられて、たじろいでしまう。
真正面からこんなにしっかり笑顔を見るのは初めてで、文句なしにとびきりかっこ良かった。


「お、おはよう……」

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